学園の歴史

日本語学校バレー学園は、60年以上の歴史をもつ学校です。バレー日系人コミュニティー・センターと共に成長し、1980年には、生徒数の増加に伴い、生徒達の親、自らの手で、新しい校舎が増築されました。この事実は、日系アメリカ人コミュニティーにおいて歴史的な出来事でした。

バレー学園の主な歴史
1949年:
第二次世界大戦後、収容所から返還した日系人達は、現在サンバレーとして知られるロスコーのトレーラー・パークに、居を構えることとなりました。生計を立てることに負われ、子供達へ日本文化の教育を施すことにまで手が回らない状況の中、コミュニティーの指導者達は、トレーラー・パークに日本語学校、ロスコー学園、を設立することを決断しました。

1952年:
8850 ランカーシム通りにある土地、トラック用修理ガレージとかまぼこ形のプレハブ建築物を購入。

1953年:
学園の親達の手で、ガレージが教室に改装され、バレー日系人コミュニティーセンターが設立されると共に、学園はバレー学園と改名。

1955年:
コミュニティーセンターが完成し、基金を募るため第一回お盆フェスティバルが開催。

1979年:
生徒数の増加に伴い、新しい校舎の建築が開始。学園の親達は、週末に集まって自らの手で、建設を手がけた。

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